遺骨帰還に関するこれまでの取り組み 旧日本兵の遺骸捜索⇒発見⇒収容⇒鑑定⇒火葬⇒遺骨帰還へ

戦史館の捜索活動による遺骨帰還の実績 (主な活動)

西部ニューギニア(インドネシア共和国パプア州・西パプア州)方面   1999年~2015年

インドネシア(西部ニューギニア方面)の遺骨帰還は、太平洋戦史館会員の長年に渡る自費参加の捜索活動により、1999年に25年ぶりに再開されました。2010年以降は、公募がなかった2011年を除き、海外未送還遺骨情報収集事業として継続しています。入域困難な地域において、現地関係者との友好協力関係を築き、千柱を超える戦没者の遺骨帰還につなげたことが、日本とインドネシアとの相互理解促進に貢献したと評価をいただき、2013年7月、外務大臣表彰を受賞しました。

収容地域別   帰還柱数

帰還年月ビアク島サルミジャヤプラ(旧ホーランジャ)方面マノクワリスピオリ合計柱数
ベラップ ・ ゲニム ・ プアイカユバト
1999.0859 12 71
2002.0341 ゲニム 5 46
2005.0352 カユバト 16 68
2006.0125 カユバト116 141
2006.1135 35
2007.11115 115
2009.03106 ベラップ 2 108
2009.12214 プアイ 77 291
2011.03169 プアイ 47 216
2012.03* 0 * 0
2013.03 24プアイ 110 134
2013.11282 282
2014.10 プアイ 61 61
2015.10 *0*0
TOTAL1,0982443412 1,568

* 2012年3月は、インドネシア政府、ビアク市の理解が得られなかったため、遺骸の収容と、火葬ができずに帰国。2015年10月は、日本大使館がスピオリ市へ事前に連絡しなかったことなど、様々な問題点が発覚したことで、遺骨帰還は延期され、派遣団は日程を短縮して帰国。